やまぐち知っておき情報

県外に在るふるさと山口 東京の中のふるさと

ゆかりの地山口県東京事務所
  山口県へのUターン情報コーナーがあります。  
場所千代田区霞ヶ関3−3−1 尚友会館4階
アクセス地下鉄丸の内線・日比谷線・千代田線霞ヶ関駅下車徒歩5分 地下鉄銀座線虎ノ門駅下車徒歩5分
山口県東京事務所

ゆかりの地山口県東京観光物産センター「おいでませ山口館
 山口県内の観光物産情報の紹介、及び物産展示・販売を行っています。
 Uターン相談コーナーも置かれています。
場所中央区日本橋2−3−4 日本橋プラザビル1F
アクセスJR東京駅八重洲北口下車
山口県物産東京観光センター「おいでませ山口館」

ゆかりの地国会議事堂
  国会議事堂には、美祢市で産出された大理石が玄関や廊下などの多くの場所に使用されています。なお、議事堂内には初代総理大臣である伊藤博文の銅像もあります。
場所千代田区永田町
アクセス地下鉄丸ノ内線国会議事堂前下車

国会議事堂
伊藤博文銅像

ゆかりの地大村益次郎像
 靖国神社の参道に幕末維新に活躍した「大村益次郎」の銅像がそびえ立っています。 この像は、日本で最初のヨーロッパ式銅像です。明治26年竣工。  
場所千代田区九段北3丁目  
アクセス地下鉄東西線または都営新宿線九段下駅下車徒歩5分
大村益次郎像

ゆかりの地松陰神社
 松陰神社は萩だけではなく東京にもあります。この松陰神社境内には、「吉田松陰の遺骸を改葬した墓」「長州藩江戸屋敷没収のさい殉職した四十五士招魂碑」などがあり、江戸でなくなった長州藩士の霊が眠っています。  
場所世田谷区若林4丁目35−1  
アクセス東急世田谷線松陰神社駅下車、徒歩10分

松陰神社

松陰神社

ゆかりの地東京の松下村塾
 松下村塾の模造は全国に何カ所か建てられています。東京には、世田谷区の松陰神社境内と町田市の玉川学園内にあります。
場所@松陰神社(松陰神社の項を参照)
    A玉川学園高校      町田市玉川学園  
アクセスA小田急線玉川学園前下車
東京の松下村塾

ゆかりの地松陰神社通り商店街
 世田谷区の東急世田谷線には松陰神社駅があります。この駅を下車してすぐのところにある松陰神社通り商店街は、松陰やその門下生たちをキャラクター化してキャンペーンを行うなど、維新の志士たちを最大限に活用した商店街振興を図っています。      
場所世田谷区若林4丁目35−1  
アクセス東急世田谷線松陰神社駅下車、すぐ
松陰神社通り商店街
松陰神社通り商店街

ゆかりの地桂太郎の墓所
 明治・大正期に、首相などとして活躍した政治家桂太郎の墓所は、松陰神社に隣接したところにあり、世田谷区教育委員会が解説板を設置しています。  
場所世田谷区若林4丁目35−1  
アクセス東急世田谷線松陰神社駅下車、徒歩10分
桂太郎の墓所

ゆかりの地吉田松陰終焉の地碑
  松陰は1859年に、伝馬町獄で処刑されました。現在、その跡地の十思公園には、松陰の辞世の句を刻んだ巨大な碑が建てられています。  
場所中央区小伝馬町1丁目5  
アクセス地下鉄日比谷線小伝馬町駅下車すぐ
吉田松陰終焉の地碑

ゆかりの地井上勝像
 長州出身の維新の元勲で「鉄道の父」とたたえられた井上勝の銅像が、JR東京駅丸の内口に建っています。なお、井上勝の墓は品川区北品川の東禅寺墓地にあります。  
場所千代田区丸ノ内2丁目  
アクセスJR東京駅丸ノ内口前
井上勝像

ゆかりの地品川弥二郎像
 松陰門下の幕末の志士で、維新後にドイツ公使や内務大臣などを努めた品川弥二郎の銅像が九段坂上に建てられています。  
場所千代田区九段南2  
アクセス地下鉄東西線、半蔵門線九段下駅下車、靖国通 りを市ヶ谷方面に徒歩5分。歩道橋そば。
品川弥二郎像

ゆかりの地乃木神社
 日露戦争の司令官や明治天皇の殉死者として有名な乃木希典を祀った乃木神社の境内には、自刃して果 てた屋敷が港区の文化財として残されています。  
場所港区赤坂8丁目1−27  
アクセス地下鉄千代田線乃木坂駅下車
乃木神社
乃木神社

ゆかりの地井上かおるの墓
 幕末維新で活躍した井上馨の墓は麻布の邸宅の近くの長谷寺にあります。  
場所港区西麻布6−21  
アクセス渋谷駅より新橋駅行きバス、南青山6丁目下車徒歩10分
井上馨の墓

ゆかりの地青松寺の山口藩御親兵の碑
  愛宕山にある青松寺には、長州藩から天皇直属の軍隊として献納された兵士と戊辰戦争で戦没した兵士の慰霊塔が建てられています。なお、青松寺は江戸時代に毛利家の江戸における菩提所のひとつでもあったゆかりの深いお寺です。  
場所港区愛宕2丁目4−7  
アクセス地下鉄三田線御成門駅下車、徒歩5分、祝田通 りに面す。
青松寺の山口藩御親兵の碑

ゆかりの地伊藤博文の町
  品川区大井一帯は、かつて伊藤町という地名でした。これは初代内閣総理大臣伊藤博文がこの地区に住んでいたことにちなんでつけられた地名です。今でも区立の伊藤小・中学校があります。また、この地区には伊藤博文の墓所があり、銅像も建てられています。なお、伊藤公の銅像は国会議事堂内にもあります。  
場所品川区西大井6丁目10−18  
アクセスJR横須賀線西大井駅下車、徒歩5分
伊藤博文の町
伊藤博文の町

ゆかりの地日本大学の山田顕義像
 吉田松陰の門下生であった山田顕義は、明治に入って今の日本大学と國學院大学をつくりました。そのうち、日本大学本部には山田の銅像、千代田区の法学部前には胸像が建てられています。  
場所千代田区九段南  
アクセスJR市ヶ谷駅下車徒歩3分
日本大学の山田顕義像

ゆかりの地日本女子大学の成瀬記念講堂と成瀬記念館
 日本で最初の女子大学である日本女子大学を設立したのは、山口県出身の成瀬仁蔵です。日本女子大学には、その成瀬の名にちなんだ記念講堂と記念館があり、記念館には多くの関係資料が展示してあります。
場所文京区目白台2−8−1  
アクセス有楽町線護国寺駅下車、徒歩10分 
日本女子大学の成瀬記念講堂と成瀬記念館

ゆかりの地東京外国語大学の浅田栄次記念碑
 日本の英語教育の基礎を築いた浅田栄次の記念碑が、東京外国語大学府中キャンパス内に平成13年、建てられました。  
場所府中市朝日町3−11−1
アクセス西武多摩川線多摩駅下車、徒歩5分
東京外国語大学の浅田英次記念碑
東京外国語大学の浅田英次記念碑

ゆかりの地日比谷公園の長州藩江戸上屋敷跡
 江戸時代、長州藩には将軍から拝領した3カ所の江戸屋敷がありました。そのうち、上屋敷があったところは、現在日比谷公園の一部になっています。  
場所千代田区日比谷公園の西北部  
アクセスJR有楽町駅下車、すぐ。
日比谷公園の長州藩江戸上屋敷跡

ゆかりの地六本木の長州藩江戸下屋敷の庭園跡
 下屋敷は東京ドームの約3倍ある広大な面積で、江戸における長州藩の一大拠点として、約2千人がそこで生活をしていました。その屋敷にあった庭園の一部が、今でも「桧町公園」として残っています。  
場所港区六本木7丁目  
アクセス地下鉄日比谷線六本木駅下車すぐ
六本木の長州藩江戸下屋敷の庭園跡

ゆかりの地青山霊園
 青山霊園は日本の公営墓地の第一号ですが、そこには「吉田松陰の妹」「周布政之助」「乃木希典」ほか、多くの山口県出身者が眠っています。  
場所港区南青山2丁目  
アクセス地下鉄銀座線外苑前駅下車
青山霊園

ゆかりの地旧山県有朋邸
 現在では結婚式場として知られている椿山荘は、もと山県有朋の邸宅でした。  
場所文京区関口  
アクセス地下鉄有楽町線江戸川橋駅下車 徒歩10分 
旧山県有朋邸
   
ゆかりの地迎賓館  
 現在の迎賓館(旧赤坂離宮)は、明治時代に宮廷建築家として活躍した山口県出身者「片山東熊」の建築作品です。東熊は、この他にも奈良国立博物館、京都国立博物館などを建築しています。  
場所港区元赤坂2丁目  
アクセスJR四谷駅下車、徒歩5分
迎賓館

一坂太郎 『東京の中の防長』 山口県 1998年
山口県「山口県教育庁教育企画室調査資料」2002年


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