タイトル

歴史 歴史の概観 年表 弥生人の渡来 東大寺再建と重源 壇ノ浦の決戦 大内文化と「西の京」 毛利氏 朝鮮通信使 巌流島の戦い 吉田松陰 高杉晋作  馬関戦争 幕末維新 廃藩置県と「山口県」の設置 8人の総理大臣 歴代の県知事
 これまで山口県にどんな出来事があったのでしょう。次の年表で、日本全国で起こった主な出来事と比較しながら、私たちのふるさと山口県がどのように歩んできたのかを紹介します。
年表
時代 日本の主な出来事 山口県の主な出来事





●数10万年前 明石人?牛川人の骨
●2万年前 野尻湖遺跡
●旧石器時代人が活動を始める



●1万年前 日本が大陸から離れる
●採集や狩による生活









●稲作、金属器の使用が始まる
●気候の温暖化により瀬戸内海がよみがえる
●縄文土器や石器を使った縄文人が住む
〔岩田遺跡(平生町)・月崎遺跡(宇部市)・美濃ヶ浜遺跡(山口市)・神田遺跡(下関市)・潮待貝塚(下関市)など〕
遺跡地図



●小国の出現

57 奴国の王が後漢に使いを送る

239 邪馬台国の卑弥呼が魏に使いを送る

●大和国家の統一が進む
●倭、高句麗と戦う
弥生土器を使い、米作りを始めた人々が住む
〔天王遺跡(周南市)・土井ヶ浜遺跡(下関市)・梶栗浜遺跡(下関市)・綾羅木郷遺跡(下関市)・向津具王屋敷遺跡(長門市)など〕
●高地性集落ができる



478 倭王武が中国の南朝に使いを送る
●百済から仏像・経典がおくられる
●物部、蘇我氏ら豪族が勢力を争う
593 聖徳太子が摂政となる
607 小野妹子を隋に送る
630 第1回遣唐使を送る
645 大化の改新
●公地公民の制





701 大宝律令
●律令政治が進展する

●多くの古墳がつくられる
〔茶臼山古墳(柳井市)・神花山古墳(平生町)・竹島御家老屋敷古墳(周南市)・大日古墳(防府市)・長光寺山古墳(山陽小野田市)・仁馬山古墳(下関市)、見島ジーコンボ古墳群(萩市)など〕

●周防(防府市)と長門(下関市:長府)に国府がおかれる
防長二国



710 都を平城京に移す
743 墾田永年私財法
●荘園ができはじめる

784 都を長岡京へ移す
●長門の鋳銭所で和同開珎がつくられる
●周防と長門に国分寺が置かれる
●長登銅山(美祢市美東町)から都(奈良)に大仏をつくるための銅が運ばれる



794 都を平安京へ移す
●律令政治が改革される
866 藤原良房が摂政となる
887 藤原基経が関白となる
894 遣唐使が廃止される



935 承平・天慶の乱(〜940)
1016 藤原道長が摂政となる
●藤原氏が最も栄える

●武士が力をもち始める
●荘園が広がる



1069 後三条天皇が荘園の整理を行う
1086 後白河上皇の院政が始まる
●大寺院が勢いをふるう

1156 保元の乱
1159 平治の乱
1167 平清盛が太政大臣となる

1185 平氏が滅びる
     源頼朝が守護・地頭の設置を認められる

●山陽道に駅家と駅馬が置かれる
825頃 周防の鋳銭司で貨幣の鋳造が始まる



901 菅原道真が大宰府に下る途中、周防に立ちよったといわれる

940 藤原純友が周防の鋳銭司を襲う

●荘園の例
 ・大島郡屋代荘
 ・玖珂郡楊井荘
 ・熊毛郡束荷荘
 ・吉敷郡ニ島秋穂荘
 ・吉敷郡椹野荘
 ・大津郡向津具荘
 ・阿武郡阿武御領など
●主な豪族と中心地
 ・岩国氏(玖珂地域)
 ・内藤氏(都濃地域)
 ・大内氏(吉敷地域)
 ・厚東氏(厚狭地域)
 ・豊田氏(豊浦地域)

1185 源氏と平氏が壇ノ浦で戦い、平氏が滅びる
1186 重源が東大寺造営料国(周防)を管理する
1187 重源が阿弥陀寺をたてる
●周防国と長門国に守護職・地頭職をおく




1192 源頼朝が征夷大将軍となる
1219 北条氏の執権政治が始まる
1221 承久の乱
1232 御成敗式目
1274 文永の役
1281 弘安の役
●幕府が衰える
1333 鎌倉幕府が滅びる




1275 元軍の使者が室津(下関市)に来る
1281 元軍が長門の海岸を襲い武士たちが戦う





















1334 建武の新政
1336 南北朝に別れ対立する
1338 足利尊氏が征夷大将軍となる
●倭寇が高麗や明を侵す


1378 足利義満が幕府を室町に移す
1392 南朝が北朝と一つになる
1404 日明貿易が始まる
●市が盛んになる
●守護大名が力をもち始める
●土一揆が起こる


1467 応仁の乱が起こる
●国一揆・一向一揆が起こる

●下克上の風潮があらわれる
●城下町の発達、堺の自治都市の繁栄


1543 ポルトガル人が鉄砲を伝える
1549 ザビエルがキリスト教を伝える



1573 室町幕府が滅びる

1336 敷山城(防府市)の戦いが起こる


1359年頃 大内氏が周防・長門を統一する
1363 大内弘世が足利氏につき防長守護となる


1399 応永の乱 大内義弘が足利義満と戦って敗れる

●大内氏が明や朝鮮と貿易を行う
●瑠璃光寺五重塔ができる
1461 雪舟が山口に来る
●このころ山口が栄え、「西の京」といわれる
1467 大内政弘が西軍(山名氏)に加わる
●大内政弘が周防・長門(山口県)、豊前(大分県)、 筑前(福岡県)、石見(島根県)などの所領を得る
●大内家壁書(法令集)が作られる

1500 大内義興が前将軍(義植)を山口に招く


●大内氏が尼子氏と戦う
1550 ザビエルが山口に来てキリスト教を伝える
1551 陶晴賢が大内義隆を討つ
1557 毛利元就が防長両国を平定する





1590 豊臣秀吉が全国を統一する
●検地(82〜)・刀狩(88)
1592、1597 朝鮮に出兵する
1600 関が原の戦い



1592 毛利輝元が朝鮮に出兵する

1600 毛利氏が関が原の戦いに敗れ、防長2か国の大名になる(36万石)



1603 徳川家康が征夷大将軍となる



1615 豊臣氏が滅びる 
    武家諸法度




1635 日本人の海外渡航禁止
    参勤交代の制
1637 島原の乱

1639 ポルトガル人の来航禁止、鎖国の完成
1643 田畑永代売買禁止
1649 慶安の御触書


●千歯こき、備中鍬などの普及

●干鰯などの金肥が利用される


●商業が発達する 大阪(坂)〜江戸




1709 新井白石の政治
1716 徳川吉宗が享保の改革をおこなう


1721 目安箱をもうける
●新田開発が盛んになる

1742 公事方御定書

●商品作物がひろがる

1772 田沼意次が老中となる
●問屋制家内工業の発達
1782 天明の大飢饉
●百姓一揆がふえる
1787 松平定信が寛政の改革をおこなう


●工場制手工業が生まれる


1808 間宮林蔵が樺太を探検

1825 異国船打払令



1833 天保の大飢饉
●百姓一揆と打ちこわしが多発
1837 大塩平八郎の乱
1841 水野忠邦が天保の改革をおこなう
●諸藩で改革がおこなわれる


1853 ペリーの来航
1854 日米和親条約

1858 井伊直弼により日米修好通商条約が結ばれる
●尊王攘夷運動が起こる
●安政の大獄
1860 桜田門外の変







1864 四国連合艦隊下関砲撃事件・長州出兵










1866 薩長同盟の成立
●世直し一揆の高まり
1867 大政奉還・王政復古の大号令により江戸幕府が滅びる

1604 毛利氏の城が萩(指月山)に決まる
●萩城、岩国城ができる
朝鮮通信使が来訪する
巌流島の戦い
1615 一国一城令で山口高嶺・岩国横山・長府串崎の三城を取り壊す
1625 防長両国の検地をする(66万石)(〜1626)
1628 右田毛利元法が時観園(防府市)を創立する
    東条九郎右衛門(小郡代官)が田畑の灌漑のため、長沢池をつくる


1637 美祢郡赤村で寛永通宝を造る
1638 藩内のキリシタンたちが捕らえられる


●防長両国を18行政区に分ける
     (区を宰判、長を代官という)
●山陽道や萩往還が整備される
1651 岩崎惣左衛門が鹿野の潮音洞をつくる(〜1654)
●西廻り航路が発達する
1660 藩の法令(万治制法)集ができる
1673 吉川広嘉が錦帯橋をかける
1677 藩札を発行する
1686 検地を行う(81万石)
1697 宇部に常盤池ができる
●このころ瀬戸内海の海岸で、さかんに干拓がおこなわれる
1699 三田尻(防府)に大開作(新田古浜)をつくる


1717 玖珂郡由宇村、山代村などで百姓一揆が起こる
1719 藩校明倫館ができる
●防長の人口 約460,000人

1735 育英館(萩市)ができる
●防長の人口 約520,000人
1753 時習館(下関市)ができる
●瀬戸内海の製塩業がさかんになる
1763 撫育方をつくり、「防長の三白(米、紙、塩)」(櫨蝋を加えて「四白」)政策をおこなう
●防長の人口 約550,000人   
●防長の藩校
  徳山藩―鳴鳳館(1785)
  清末藩―育英館(1787)
  長府藩―敬業館(1792)   
●防長の人口 約600,000人


1806 伊能忠敬が防長両国の測量をはじめる


1809 郷校徳修館(周南市)ができる

1826 シーボルトが下関に寄る
1831 天保一揆が起こる
●伊佐(美祢市)の売薬が広まる


1840 村田清風が藩の財政改革をおこなう
     向田兄弟が南蛮車を発明する
1847 養老館(岩国市)ができる
吉田松陰が諸国を遊学する

1853 長州藩が相模の国の海岸警備を受け持つ
1854 吉田松陰が米艦への乗船失敗で捕らえられる
1857 吉田松陰が松下村塾をおこす
1858 吉田松陰が野山獄に入れられる
1859 吉田松陰が江戸で処刑される



1862 高杉晋作らが横浜、品川の外国館を襲う
1863 藩庁が萩から山口へ移る
    馬関攘夷戦争が始まる
    伊藤博文らがイギリスへ留学する
    高杉晋作が奇兵隊をつくる
    三条実美ら七卿が山口へ下る
1864 蛤御門(京都)の変で長州軍が敗れ、久坂玄瑞らが戦死する
    毛利氏追討の命令が下る
    第一次:幕府との戦い
    三家老が切腹する
    英・仏・米・蘭の四国連合艦隊が下関に襲来する
    高杉晋作が赤間関(下関市)の功山寺で兵をあげる
1865 高杉晋作らが大田・絵堂の戦いに勝ち、藩論が倒幕になる
    木戸孝允(桂小五郎)が長州に帰り、坂本竜馬と赤間関で会談する
1866 木戸孝允が西郷隆盛らと長州・薩摩の連合を図る
    四境戦争(第二次:幕府との戦い)で幕府軍をやぶる
●大村益次郎が活躍する
1867 薩摩と長州に倒幕の密勅がくだる
    高杉晋作が病没する

     




1868 明治維新、江戸を東京とする


1871 廃藩置県がおこなわれる
1873 地租改正
1877 西南戦争


1889 大日本帝国憲法が発布される
1894 日清戦争(〜1895)


1904 日露戦争(〜1905)
1868 長州と薩摩の連合軍が幕府軍をやぶる
     大村益次郎が上野(東京)で彰義隊をやぶる
1869 毛利敬親が土地と住民を天皇に返す
1871 藩をやめて山口県とよぶようになる
1876 山口県の人口 844,550人
1881 笠井順八が小野田セメント会社をつくる
1883 山口県の人口 900,013人



1897 渡辺祐策が宇部の沖の山炭鉱をはじめる
1901 山陽本線が下関まで開通する
1905 山陽鉄道会社が下関・釜山間の連絡航路を開設する
1906 山口県の人口 1,006,600人



1914 第一次世界大戦(〜1918)





1925 普通選挙制が定められる
1915 山口と萩の間に乗合自動車が通る
1916 山口県庁舎が新築される
1918 萩・岩国・宇部・柳井などで米騒動が起こる
1920 10月に第1回国勢調査が実施される
     山口県の人口 1,041,013人
1923 山口線が開通する



1931 満州事変

1941 太平洋戦争(〜1945)

1945 広島、長崎に原子ばくだんが落とされる

1946 日本国憲法が公布される



1956 国際連合に加わる

1933 山陰本線が開通する

1942 関門海底鉄道トンネルが開通する
1945 戦争で岩国・下関・徳山・宇部・光などが爆撃される

1947 田中龍夫知事就任
1948 山口県の人口 1,505,532人
1953 小澤太郎知事就任
1954 徳山に精油所ができる

1958 関門海底国道トンネルが開通する
     山口県の人口 1,622,909人(統計局推計)
1960  橋本正之知事就任
1963 第18回国民体育大会が開かれる
1966 山口宇部空港が開かれる
1969 山口市に山口衛星通信所ができる
1970 山口県の人口 1,511,448人
1973 関門橋が開通する
1976 平井龍知事就任
     大島大橋が開通する
1982 中国山東省と友好協定書を調印する
1983 中国自動車道が全面開通する
1985 山口県の人口 1,601,627人
1984 現在の県庁舎が建てられる
1987 韓国慶尚南道と姉妹提携宣言を調印する





1992 国連平和維持活動協力法が成立する

1993 東京サミットが開催される

1994 政治改革法が成立する
    日本が、子どもの権利条約を承認する  
1995 阪神・淡路大震災





1997 地球温暖化防止京都会議が開催される




2000 九州・沖縄サミットが開催される
1990 長登銅山跡で木簡等大量出土する
1991 県、人材Uターンセンターを設置する
1992 山口県史編さん事業始まる
     山陽自動車道が開通する
1993 山口県スポーツ交流村が開設される
     第35回自然公園大会が開催される
1994 第14回全国豊かな海づくり大会が開催される   

1995 山口県セミナーパークが開設される
1996 山口県立大学が発足する
     シンフォニア岩国が開館する
     海峡メッセ下関が開館する
     二井関成知事就任
     県立萩美術館・浦上記念館が開館する
1997 山口県教育委員会と韓国慶尚南道教育庁が友好交流協定を締結する
1998 「やまぐち未来デザイン21」が策定される
    「山口県教育ビジョン」が策定される
    秋吉台国際芸術村が開村する
2000 山口県の人口 1,528 ,107人
2001  山口きらら博が開催される
    2001ITUトライアスロン・ワールドカップ山口きらら博大会が開催される

 
文化財のある場所を調べて、みんなで行ってみよう!
  山口県の文化財の年表です。
山口県教育委員会編 『いいぞ山口!わたしたちのふるさと』  山口県教育委員会 1994年  
小川国治編 『山口県の歴史』 山川出版社 1998年   
八木 充編 『図説 山口県の歴史』 河出書房新社 1998年
クイズ 県のシンボル 自然 歴史 産業 住み良さ 生活 文化 観光 国際 教育

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